2020年4月23日 (木)

緊急事態宣言発令での外出自粛

 もう1か月半ほどの間ほぼ毎日自宅と病院の往復のみの生活です。

 それ以外で外に出るのはスーパーマーケットに食材を買いに行くくらいですか。

 

 じゅんと陽慈朗も同様の生活。自宅か病院で遊ぶか寝るかしかしてません。

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まあ、2人とも割と幸せそうなのでいいでしょう。

 

 

 外に遊びに行ったり外食したり、ジムに行ったりができずに残念ではあるのですが、
おかげでこの2月ほどの間は毎日のように家の壁を触っています。

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 2月の末にルートセッティングしてもらった、2級6つを含む20の課題、
すべてクリアしてしまいました。

 自分で課題を作って挑戦する日々となっております。

 早く緊急事態宣言、解除にならないかなぁ。

 解除になったら次は1級もいくつか含んだセッティングをしてもらう予定です。

 

2020年2月24日 (月)

黒滝村道の駅

 今日はよく晴れていたので、じゅん・陽慈朗を連れて
ドライブに行ってきました。

 

 定番の遊ばせポイント奈良県黒滝村の道の駅です。
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 二人ともテンションが上がって川にまで浸かっていました。
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 家に帰ってからは明後日、家の壁のルートセッティングに
来てもらうためのホールド外しに勤しみました。

 3時間かかりましたが準備万端です。
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 明後日、また壁が派手になります!楽しみです。

2019年12月30日 (月)

年末墓参り

 今日は宝塚霊園に年末の墓参りに行ってきました。

 

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 同時に先日霊園の方から連絡があった墓石への
ひ―の銘の刻み入れ完了の確認をおこないました。

 

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 しっかりと入っています。

 「ひ―」の名前の由来は私共が初めて縁あって家族として
迎えた黒猫3頭に大きい順に番号付けくらいの意味合いで
「ひー」「ふー」「みー」と付けました。

 つまり「ひー」は「1番目」という意味です。

 奇しくもその「ひ―」の命日が令和1年11月11日と
なってしまったのでした。

 納骨は来月改めて行う予定です。

 

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 約4か月前に新たに家族の一員となった陽慈朗も月齢6か月半になり
ぐいぐい大きくなっています。現在25kgほどです。

 もっともっと大きくなることを期待します。

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 いろいろあった1年でしたが皆さまのおかげで
エミ動物病院も何とか年を越すことができそうです。

 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2019年11月17日 (日)

黒猫ひ―

 11月11日にひ―が亡くなりました。

 

 16歳の雄猫、急性腎不全でした。

2日ほど前から食欲が減ってるかな、と思ったら排尿しなくなり、

いろいろ処置を施しましたが息を引き取りました。

 

 エミ先生と2人で看取ることができたのが唯一の救いです。

 

 彼は開業前に勤めていた病院の玄関に捨てられていて、

そのまま引き取りエミ動物病院のオープニングスタッフと

なり、沢山の猫に供血し命を救ってきました。

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 11月13日に宝塚霊園にて葬儀をすませました。

 

 これで、開業時からのオリジナルメンバーは犬猫では

みーだけになってしまいました。

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 彼女も16歳。これからはよりしっかりと観てあげなければ

 なりません。

2019年9月 9日 (月)

新しい家族

 先週実は新しく子犬を導入しました。

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命名「陽慈朗」です。

初日はやはり緊張しているようでじゅんにも少しおびえているようでした。

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で、2日後の様子です↓

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順応性に優れているようです。

 

みんなとうまくやっていけそうでありがたいです。

大きくなってじゅんの体重を超えることを期待してます。

2019年8月26日 (月)

宝塚霊園に墓参り

 昨日は、宝塚霊園にお墓参りに行ってきました。

 

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 盆明けなので混み合っていないだろうと思っていたのですが、

「盂蘭盆大法要」とのことで、出店などが出ていて 結構賑やか(?)

でした。

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 その中でも気になったのが写真や画像データを絵に起こして下さるサービス。

 

 よー一郎の思い出の写真をお願いしようかとエミ先生と話をしました。

 いずれやってもらうと思いますので出来上がったらまたアップしたいと思います。

2019年5月26日 (日)

よー一郎納骨

 今年の2月8日に亡くなったよー一郎の納骨に行ってきました。

 

 お葬式は2月10日に行い、お骨は家に持って帰っていました。

納骨は墓石の裏面に銘が入ってから、ということで予定としては

1~2か月ということだったのですが3月の末に車が大破、

その数日後に「銘が入った」と連絡。

 一昨日ようやく買い替えた車が納車されたため、納骨が

今日になってしまいました。

 

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 よー一郎、お疲れ様。安らかに眠ってください。

 

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2019年4月13日 (土)

腰をやらかしました

 一昨日、10年ぶりくらいでぎっくり腰をやらかしました。

要因はいくつもあったんです。

 いろいろ、腰に来る要因はあったのですがやっぱり

とどめはボルダリングでした。

「よし、今日はここまでおしまい。」

っと気を抜いて飛び降りた時、いつもと違って膝を

ちゃんと曲げなかったためもろに腰に来ました。

 

 

 昨日は午前中は診察には出るもののほとんど診察室で

椅子に座ったまま身動きが取れない状態で、

おそらく診察に来られた患者様方も、私のテンションの低さに

驚かれたことでしょう。

 午後の診察の前にペインクリニックに行き、コンポジション麻酔

を打っていただいてコルセットをもらい巻いたところ、

かなり動けるようになりました。

 

 今日は、痛みはありながらもほぼ動きに支障はないくらいに

回復しました。

 

 

 でも、しばらくは家でボルダリングは禁止。

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数日したら壁を見ながらストレッチでも始めます。

かなり、精神的にきつい。

焼肉屋に行ってビール飲むな、みたいな状態ですね。

2019年2月21日 (木)

またマイ壁をいじってもらった

 昨日は、いつもお世話になっているボルダリングジムの
若いイケメンルートセッターさん2人に自宅に来てもらい、
プライベートウォールのルートセットをしてもらいました。
 
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とても丁寧な仕事で、かなりのクオリティのセッティング
に仕上がりました。1級~5級(2級・3級メイン)の
難度にしていただきました。計20本ほどの課題です。
 
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 おそらく半年は楽しめます。
 イケメンセッターさんありがとうございました。

2019年2月18日 (月)

竹田よー一郎

 よー一郎は2005年7月7日にエミ動物病院にやってきました。
 
住之江の譲渡会でエミ先生が選んだ保護犬でした。
他のワンちゃんが一生懸命愛想を振る中、
彼だけはただ横たわり寝ているようなマイペースな犬でした。
 
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 初めのうちはただただ病院のスタッフとして迎えただけの
つもりでしたが、家に連れて帰るようになり同じベッドで
毎晩寝るようになりもはやただの息子になってしまいました。
 
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そんなよー一郎も年を重ね、輸血犬としてはつらくなって
きたので新たにじゅんをむかえることになったのが2年前です。
 
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去年4月には脾腫がはじけて腹腔内出血を起こし、
脾臓摘出をおこない完全に輸血犬としては
隠居ということになりました。
 
 じゅんともとてもいい兄妹となり、幸せな余生を
これからは過ごす予定でした。
 
 
 
 今年の1月30日より急に後肢のふらつきが始まり、
それこそ半日単位で後肢の反応が弱くなり、
3~4日で前肢にまでやや麻痺が始まりました。
2月5日の時点では自力で器でご飯が食べられなくなり
排尿すら自分で行うのは困難になりました。
 
それでも口元にご飯を持っていけば喜んで食べてはくれるし
カテーテルでの排尿を1日2回ほどすればいいだけなので、
フォローは楽ではありました。
 
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 ただ明らかに単純な椎間板ヘルニアとは異なる病状なので
2月6日、脳外科・脊髄神経外科では一番信頼している先生の病院に
CT・MRIをお願いしに向かいました。
 
 先生も「なんかいやらしい感じやけどできることやろう」
とおっしゃってくださり、よー一郎をお預けしました。
 
 2月8日PM2:00に電話がありました。
「脊椎の腫瘍でその骨増勢によって脊髄が圧迫されてる」
「肺への転移はない。」
「おそらく手術ができるのは日本ではうちだけだろう。」
 
 正直、できることはないかもしれないと思っていたので、
「ありがたい、是非に、」
とお願いしました。
 
 その2時間後PM4:00頃、2回目の電話がありました。
 
 
 
「先生、あかん。今生き引き取った。」
 
とのこと。
CT・MRIの麻酔の覚醒時、様子がおかしかったらしいの
ですが、次第に呼吸停止し救命処置にも反応なく
心停止したそうです。
 
 
 実は、正直2回目の電話が鳴った時点で嫌な感じがありました。
いや、もしかしたらもっと前から、病院に預けに行ってる時点から
何か起こるかもしれないという嫌な予感はありました。
 
 脳や脊髄の障害においてはこういうことはまれではありますが、
想定されることなのです。
 
 連絡の瞬間、ものすごい衝撃と悲しみが降り注ぎましたが、
電話を切った後、深呼吸して考えてみました。
 
 最高のハッピーエンドは手術がしてもらえてまた歩けるようになる
ことでした。ただし、手術ができるのはおそらく私がお願いした
先生しか日本にはいない。成功の確率も限りなく低いでしょう。
 
 手術ができなかったとしたら、状態はますます日に日に悪い方向に
進みやはり痛みや苦しみを伴いながら数日から数週で亡くなっていたでしょう。
 
 もしかしたら、検査を終えて原因がはっきりしつつ、ちゃんと意識が
戻らないまま息を引き取ったのはよー一郎にも私にも救いだったのかも
しれません。
 
 帰ってきたよー一郎はお預けする前日に一緒に寝た時と同様、
穏やかな顔をしていました。
 
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 13年半ほぼ毎晩抱きしめて一緒に寝ていたよー一郎。
もう私自身の一部でした。
 人見知りが激しくて、前方向に歩くよりもあとずさりの方が
得意で、道路のアスファルトの色が変わったらそこから
先には進めなくて、70㎝以下しか幅がないところは
警戒して通り抜けることができなくて、階段は3段まで
しか登れなくて、降りることは1段もできなくて・・・
 彼のような奴にはもう巡り合うこともないでしょう。
 唯一稀有な存在でした。
 
 
 2月8日PM4:00 竹田よー一郎 永眠です。
 
 
 2月10日、宝塚霊園にて葬儀を行いました。
火葬後の骨拾いの時、腫瘍化した第一腰椎の椎体
だけが焼け切り無くなっていたのが印象的でした。
骨壺は持ち帰りました。墓石裏に銘が刻まれたら
ふー や はな とともに埋葬しなおす予定です。
 

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